AteloSeriesCollagen for Cell Culture and RNAi Techonology

お役立ち情報

2022年08月31日

研究者インタビュー:徐放性トランスフェクション試薬AteloGene®

国立研究開発法人国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点
がんメタボロミクス研究室 チームリーダー 牧野嶋 秀樹 先生

がんに特異的な代謝経路や産物を究明し、新たな治療法開発を目指す

国民の2人に1人が罹患するがんの研究は重大な課題であり、多方面から発がんの機序解明や予防、新たな治療法開発を目指した研究が進められている。がんの代謝研究を行う国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点がんメタボロミクス研究室チームリーダーの牧野嶋秀樹氏は、がん特異的な代謝経路の発見や、がんの代謝に対する阻害薬など有効な新規治療法の開発を目指している。

2021年6月に発表した肺小細胞がんにおける研究では、リボヌクレオチドレダクターゼ(RNR)のサブユニットであるRRM1遺伝子の発現を、RNA干渉(siRNA)を用いて抑制することでRRM1の機能を解明。RNRの機能不全によって培養容器内での肺小細胞がん細胞増殖の低下と生体内での肺小細胞がんの腫瘍形成能の低下、DNA損傷応答の誘導と細胞周期の停止、RNRにより制御される代謝産物を明らかにし、がんの核酸代謝経路を標的とする新規治療法開発に繋がることが期待されている。

RNA干渉(siRNA)に用いたのが株式会社高研の徐放性in vivo siRNA/mRNA導入キットAteloGene® Local Use “Quick Gelation”だ。siRNAによる遺伝子発現抑制の効果は一時的と限定されるが、siRNAを持続的に導入する働きのあるAteloGene®を実験に用いることで数週間に渡る観察が可能となり、成果につながった。

今回は、がん分野における代謝研究とその意義について牧野嶋氏にお話を伺った。

がんの核酸代謝経路の解明を目指して

 がんにおける代謝の研究とは、どのようなものでしょうか?

私たちの研究には2つの柱があります。1つめは、国立がん研究センターに保管されている患者由来の臨床検体を網羅的にメタボローム解析し、代謝産物のプロファイルを構築するもの。2つめは核酸の生合成、分解、再利用といった代謝制御機構をモデル系を用いて解明する研究です。がんに特異的な代謝を標的にすれば様々ながんに適用できるようなブロックバスター薬を開発できる可能性があります。これまでに代謝をターゲットにした薬剤は1940年代から使われている葉酸代謝拮抗薬とIDH阻害薬がありますが、正常細胞にも同様の葉酸代謝経路があるために副作用が出てしまう課題があります。また、代謝産物の評価は生体の状態によって変わりやすいこと等の難点があり、なかなか臨床応用まで持って行くことが厳しいところです。

 しかし、代謝に注目することは重要なのですよね?

代謝研究のおもしろさは、連続して起こる化学反応すなわち代謝経路に薬剤等を加えると、その効果がわかるところです。A→B→C→Dという代謝経路に対してA→Bを阻害するXという薬剤はよく効くが、Cを加えると効果がなくなることもあります。しかし、最終的な代謝産物Dを加えた時にXの効果がどうなるかが重要で、そこで変化があればXはA→Dの反応を阻害していることがわかりますし、CやDはバイオマーカーになり得るということです。代謝産物の量が変動することにより薬剤感受性が変化し、バイオマーカーを特定することも可能になりますから、特に抗がん剤の研究で代謝は重要です。いずれは代謝産物のバイオマーカーによって薬剤が有効な患者さんを特定したり、副作用の少ない新たな薬剤や治療法の開発につながるでしょう。

siRNAを持続的に導入し酵素の遺伝子発現を抑制

 肺がんにおけるDNAのヌクレオチド生合成に重要な酵素に関する論文で、株式会社高研の徐放性in vivo siRNA/mRNA導入キットAteloGene® Local Use “Quick Gelation”を使用されましたが、どのように使われたのでしょうか?

慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)との共同研究で、肺小細胞がん細胞株中のRNRのサブユニットであるRRM1遺伝子の発現を、siRNAを用いて抑制し、RRM1の機能を解明するための研究を行いました。

De novo deoxyribonucleotide biosynthesis regulates cell growth and tumor progression in small-cell lung carcinoma.
Maruyama A, Sato Y, Nakayama J, Murai J, Ishikawa T, Soga T, Makinoshima H.
Sci Rep. 2021 Jun 29;11(1):13474. PMID: 34188151.

核酸の生合成に関わる酵素の機能を、マウスゼノグラフトモデルにおいて、遺伝子発現を抑制することにより証明するために用いました。ゼノグラフトモデルで遺伝子発現を抑制するには、①siRNAを用いて一時的に遺伝子をノックダウンさせる、②shRNAで持続的にノックダウンさせる、③CRISPR-Cas9でノックアウトするという3つの手法が考えられます。核酸の生合成経路で着目したRRM1遺伝子は肺小細胞がん細胞にとって生存に必須なものであったため、②と③では実験系の確立は困難と想定されるので、①の手法を使いました。しかし、siRNAは導入した後の作用時間が短く、一時的にしかか効果が持続されないという欠点があります。

そこで、持続的に導入できる方法が必要となり、siRNAとAteloGene®を混ぜ合わせて3日~4日に1回の頻度でマウスの皮下に注入する手法を取りました。投与後にゲル化して皮下腫瘍を包み込んだAteloGene®からsiRNAを徐放してがん細胞に導入することで、数週間にわたって遺伝子発現を抑制した状態が維持できました。AteloGene®の主成分であるアテロコラーゲンとsiRNAが複合体を形成するので分解を防ぎますし、AteloGene®が支持体になるので狙った箇所にsiRNAを徐放できるのがよかったですね。調製は各液を混合するだけで、非常に簡易でした。結果として、RRM1遺伝子をノックダウンさせた群では肺小細胞がんの腫瘍形成能の低下、DNA損傷応答の誘導と細胞周期の停止、RNRにより制御される代謝産物が明らかになりました。

AteloGene®を用いた肺小細胞がん細胞皮下腫瘍モデルマウスへのRRM1 siRNAの投与事例。出典:Sci Rep 11, 13474 (2021). Created by modifying figure 3. ©Makinoshima H., et al. 2021 (Licensed under CC BY 4.0)

 お使いになってみて、いかがでしたか?

4℃で冷やしておくと液体状で、37℃ではゲル状に固まるのでマウスに皮下投与すると速やかにゲル化するという温度で制御できる点は、非常に使いやすいところです。実験者からはsiRNAと混合するだけで容易に調製できる一方で、チューブ等にかなりへばり付くためにロスがあり、回収しようとすると気泡が多く入ってしまって、それを抜くのに時間がかかったので、粘度がもう少し低い方が扱いやすくなるのではと聞いています。

また、AteloGene®に限ったことではないですが、大きな腫瘍に対してはsiRNAの効果が起こりにくくなることもわかりました。腫瘍が小さいうちでないと効果を出せないとなると早期発見のうちでなければ使えないことになり、臨床応用を考えると難しいことになります。大きくなった腫瘍に対しても同様に包み込めて、siRNAを導入することができれば、核酸医薬品のドラッグデリバリーシステムにもなると思いました。

 AteloGene® Local Use “Quick Gelation”を導入されたきっかけは?

高研さんは、もともと細胞培養等で使うコラーゲン製品を知っていましたし、AteloGene®は国立がん研究センターにおられた落谷孝広先生(現在は東京医科大学医学部)が共同研究で開発されたものというご縁もあります。私たちの国立がん研究センター・鶴岡連携研究拠点では山形県内の企業等との共同研究を行政から奨励されているのですが、その折に高研さんの生産拠点がこちらにあると知ったのもきっかけとなりました。税金を使った事業ですから、私は国産の機器や試薬を使いたかったので、ぜひ導入したいと考えました。AteloGene®は、すでに多くの研究成果を出している製品なので、安心感もありました。

AteloGene®Local Use “Quick Gelation”

遺伝子の不思議さに魅せられて研究者に

 牧野嶋先生はどのようにして研究者の道に進まれたのでしょうか?

高校時代から研究者になりたいと思っていました。あんまり勉強はしていなかったのですけれど、生物がすごくおもしろかったんです。遺伝子や遺伝子工学に興味を持って、大学では分子生物学を学びました。でも、授業より自分で本を買って読みこんでいましたね。この独習が血肉になったように思います。

 なぜ遺伝子に興味を持たれたのでしょう?

バイオテクノロジーが最先端だったのもありますが、とにかく不思議だったんですね。最先端の科学というところでは、当時はコンピューター分野を選ぶこともできたのでしょうが、私はやっぱり生物の不思議さ、どこか神秘的なところに興味がありました。DNAの遺伝子情報はATGCの4種類の組み合わせでできているのがそもそも不思議で、今も不思議なんです。ゲノムがわかればすべての謎が解けると言われた時期もありましたが、結局のところ未解明なことがほとんどで、情報が増えても神秘に迫ることができるわけではなく、いよいよ奥深さを感じます。がん研究も、遺伝子の配列がわかれば解決するのではないか、遺伝子発現のRNAがわかれば、タンパク質が、メタボロームがと情報は増えても、がんとはという本質からはかけ離れたところを研究しているような気になることもあります。わからないから研究するおもしろさがあるとも言えますが。

10年後に治療方針が変わるようなシーズを代謝研究から

 生物学からがん研究、その中でも代謝研究を選ばれたのは?

分子生物学や生化学を研究していて、アメリカのニューヨーク・メモリアル・スローンケタリングがんセンターに留学したことが大きかったですね。当時は細菌による感染症の研究をしていましたが、がんの研究をそばで見聞きしているうちにがん研究に興味を持ちました。細菌の感染症は発展途上国では今でも深刻な問題ですが、日本では明らかにがんで亡くなる人の方が多い。父を肝細胞がんで亡くしたこともあります。C型肝炎から肝硬変、肝細胞がんという方程式のように進行し、長い闘病生活で家族も苦労しましたから、自分の研究が少しでも、一助になればと思いました。医療の進歩によって今では新たな治療法ができ、C型肝炎は治せる時代になりましたから進歩させることの大切さを実感します。

代謝研究は、国立がん研究センター東病院で江角浩安先生の元に配属されたのがきっかけでした。先生が打ち込んでおられる姿をそばで見ていたという影響は大きかったですね。今は若手の研究者たちと一緒に働いて、彼ら彼女らがわくわくしながら結果を持ってきたり、それを議論したりするのが本当に楽しいものです。年々、質量分析計の性能が高まって検出できる代謝産物の数や量は増えていますが、ヒトの検体では今のところ150~200個の低分子物質しか測定できないという限界があります。測定できないものを含め、細胞の中にはどれぐらいの物質があるのか、代謝経路があり反応があるのかと考えると、まだまだ未知のほうが多い研究分野で、そこにおもしろさがあるのですが厳しいところも多いですね。

 先生の研究における展望をお聞かせください。

大きな目標はがん撲滅、患者さんの負担軽減です。がん研究における代謝研究の相性を考えると、これから栄養のコントロールや食事の改善によってがんを予防する方向性もあります。手術を受ける患者さんで予後が難しいと予測される方に、術前の栄養改善を行うなどの介入が代謝産物を測定することで効果を実証できれば、QOL改善にもつながるでしょう。新規治療法の研究については、臨床で核酸を用いるのは危険ではないかという風潮が強かったものですが、新型コロナウイルスのmRNAワクチン導入が好機となって、核酸を用いた研究や、核酸医薬品の開発がさらに進むのではないかと期待しています。

 若手研究者や、これからがん研究や代謝の研究を目指す人へのメッセージをお願いします。

自分自身も身近な人たちもがんに罹患するのは珍しくないことですから、この深刻な病気を撲滅すること、そして患者さんの助けになる研究を一緒にやりませんかと伝えたいですね。代謝の研究は厳しい部分も多いと申し上げましたが、定量的に解析する、測定する必要があると証明できるかどうかが我々の仕事です。メタボローム解析は、生化学検査+複数の代謝産物がわかります。医療現場の生化学検査では検査項目が大きく変わっていませんが、10年後には当たり前に要求される項目が加わるかもしれませんし、一滴の血液から100~200項目を調べるという時代になるかもしれない。がんの分野では遺伝子変異をスクリーニングして治療することは10年前には想定できなかったでしょうが、現在は臨床で使われているように10年後には治療方針を変えるような研究に結びつく可能性を秘めていますから、ぜひ若い研究者達に代謝の研究を開始していただきたいです。

(取材/文・坂元 希美)(日本の研究.comに掲載された記事広告を転載)

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